3月22日、第97回選抜高等学校野球大会。大会5日目。正午開始の第2試合に、常葉大菊川高校野球部が登場した。相手は春夏通算26回甲子園に出場している聖光学院(福島)。技巧派の左腕エースを擁し、強固な守備とバントを駆使した機動力のある攻撃が持ち味のチームだった。
この日、マウンドに上がった常葉大菊川の投手は、昨秋エースナンバーを背負い、センバツ出場に貢献した大村昂輝。1月中旬に怪我を負った影響もあり、背番号は「11」だったものの、2月初旬に実戦復帰したばかりとは思えないほどの制球力と緩急を使ったピッチングでテンポ良くミットに投げ込み、守備にリズムをもたらす。
対する聖光学院の先発は、エースの左腕、大嶋哲平。持ち前のキレのある変化球を常葉大菊川の選手たちが何とかバットに当てて打球を前に飛ばすも、相手野手陣の思わず息を呑むような巧みなフィールディングを前に、なかなか内野を割ることができない。試合は投手戦となり、気がつけば互いに9回まで無失点、四球、エラーもゼロという緊迫した雰囲気で、今大会初の延長タイブレークに突入した。
延長戦は、より両者の意地がぶつかり合う展開に。常葉大菊川はタイブレークでも打席でフルスイングし、持ち前の超攻撃野球で真っ向から挑んだ。対する聖光学院も、磨き上げてきたバントや盗塁を駆使したスタイルで応戦した。
2時間27分の死闘の末、常葉大菊川は惜しくも敗れた。整列時には気丈にふるまい、笑顔で相手選手を称えていた常葉大菊川の選手たちも、現地に駆けつけたアルプススタンドの大勢の応援団に挨拶を終えた瞬間、悔しさを堪えきれず、大粒の涙を流した。
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「常葉大菊川ってバッティングのイメージがあると思うのですが、まずは隙のない守備をすることを目指していて。その基盤があってこそ攻撃的に行けると思うんです」。2年前にセンバツに出場した際に石岡監督が口にした通り、“常葉大菊川”と言えば、2007年の春のセンバツ優勝時の「フルスイング打線」が印象強く、今年のチームも攻撃力の高さに注目が集まっていた。だが、昨秋の公式戦11試合で1試合平均失点1.9点という高い守備力がチームを支えている。
もちろんこの試合でも幾度となく好守が光ったが、目に見える数字や、華麗なグラブ捌きという単純な言葉では言い表せないものが常葉大菊川の選手たちからは溢れ出ていた。“気迫”とでも言うのだろうか。サードの今泉琥右蔵がカメラマン席に飛び込みながらアウトを取る姿、8回裏、ランナーを1人置き「ここで外野に抜けたら終わり」という場面でショートの小川優人が三遊間の打球をダイビングキャッチし、難しい体制から正確にセカンドへ送球してアウトを取る姿、137球を力投した大村の後を任され、サヨナラのピンチを抑えた佐藤大介の渾身のガッツポーズ、あと1点取られたら負けの状況で、相手走者の本塁生還を阻止したライトの児玉一琉のバックホーム送球――。縦縞の白いユニフォームを真っ黒に汚しながら『絶対に進塁させない、ホームを踏ませない、勝ちたい』という強い想いで必死に戦った選手たちの姿に、試合後には会場からは大きな歓声と拍手が送られた。新チームになって以降、練習で心掛けてきた「形や理屈ではない、もっと大事な部分」(監督)を意識してきた成果が現れた試合だった。
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悔しさを糧に、選手たちは再び聖地に戻るために歩み始めた。そして、夏に向けてスタートを切っているのは常葉大菊川の選手たちだけではない。時を同じくして、県内でも夏のシード権を懸けた春季大会が始まっている。球児の夏は、もう始まっている。
(文=篠田江梨奈
D-sports SHIZUOKA編集部)